「障害者リハビリテーションと車いす」が、シンボルとして
一般化されている理由は?
障害者リハビリテーションと車いすのつながりはだいたいの国において
傷痍軍人に対する施策から始まった、という流れがあります。
日本の場合をその歴史的背景をそこから調べてゆくと、
日本における最初の車いすは、1921年頃に作られた
「廻輪自動車」が最初であるとされていますが、資料がはっきりと残っていません。
資料が残っているものとしては、
傷痍軍人の、ある診療所では室内では患者自身が操作して移動・
屋外では介助者が押して歩くという形で車いすが使用されていました。
その後、1964年に開催された東京パラリンピックを契機として
国内にも車いす生産の機運が高まってきて、車いすの本格的な研究が始められ、
医学的・工学的な見地から様々な検証がなされ、
その成果が発表されるようになってきました。
その研究の成果は「脊損者用車椅子案」としてまとめられ、
これが元になり1971年に手動車いすのJISが制定されたそうです。
これが車いすが身体障害者のシンボルとして一般化につながったようですが、
寝たきりの障害者や、歩行可能な身体障害者も沢山いらっしゃいます。
一般人から見た「車いす」が障碍者のイメージと合ってしまった今、
身体障害者のシンボルが車椅子になるという意見もあります。
盲目の方、聾の方、車いすが必要ない程度の障害など、
さまざまな障害者がおられるも忘れないようにしましょう。
ちなみに精神障害者の場合、
「電話」がシンボルとされていますが、
なかには、欝病と不安神経症の方など電話が怖い人もおられます。
電話がかかってくるだけで身体が飛び上がるほど驚いて、
固唾を飲んで留守電に任せるほど怖いそうです。
○関連サイト:「病気よさらば!自然派・超健康法の極意」